漫画『烈火の炎』の中にある、療育と子育ての『隠れたカギ』
- 孝一 石田
- 2025年10月23日
- 読了時間: 6分

ども、石田です。子育てや仕事で後輩指導をする時など、誰かに何かを教える時って
「このくらいはできるだろう」とか
「これくらいは分かるだろう」とか
僕たちは無意識にそう思って、つい省略してしまうことありますよね…もちろん、こちらの意図をすぐに汲み取り、難なくこなしてしまう子供や新人も少なくありません。ですが、それがとても難しい子供や新人も、同じようにたくさんいるのが現実です。
この大人の「当たり前」という感覚が、実は子供や学びの途中にいる人の心を、知らず知らずのうちに追い詰めているのかもしれません。
今回は、そんな「教える」という行為の難しさについて、僕が学生時代に夢中になった一つの漫画から得た、大切な気づきをお話ししたいと思います。
天才少年がぶつかった「近道できない壁」
僕が毎週楽しみに読んでいた漫画の一つに、安西信行先生の『烈火の炎』という作品があります。炎を扱う能力を持って生まれ、現代で忍者になることを夢見て生きる主人公:花菱烈火が、ヒロインを守るために、様々な敵と戦うバトル系漫画です。
その物語に、非常にIQの高い小金井薫という少年が登場します。
彼は「鋼金暗器(こうごんあんき)」という、パズルのように変形させて様々な武器になるアイテムを自在に操るキャラです。常人なら一つの形に変えることすら難しいと言われるそのアイテムを、彼は高い知能を駆使して、思い通りの型へと瞬時に切り替えることができました。
しかし、物語が進む中で、彼はそのアイテムに隠された幻の形態、「幻の六の型」を探し出すという課題に直面します。誰も見たことのない、その『幻』の型。知能の高い彼は、いつものように頭の中で完成形がどんなものかを想像しながら、試行錯誤します。ですが、何度やってもうまくいきません。
なぜか…
その「幻の六の型」にたどり着くには、「第一の型から順番通りに、一つずつ手順を追って組み立てていく」という、彼にとって極めて面倒なプロセスを踏む以外に方法がなかったからです。
どんなに頭が良くても、答えを知っていても、そのプロセスを省略することは許されない。知能の高い彼が、初めて直面した「近道できない壁」でした。
僕はこのストーリーに、子育てや療育、ひいては「人に何かを伝える」という行為の全てに通じる、重要なヒントが隠されていると感じています。
僕たちは子供にとっての「幻の六の型」である
大人になり、様々な経験を積んで物事の全体像を把握している僕たちは、いわば小金井薫と同じ状態です。子供が学ぶ多くのことにおいて、ゴールまでの最短ルートを知っている。だからこそ、「このくらい省略しても大丈夫だろう」と、つい面倒な説明や手順を省略してしまいがちです。
ですが、それはあくまで「全ての型」を知っている大人の理屈です。
子供にとっては、目の前にあることすべてが「第一の型」。何が起こるか分からず、なぜそれをするのかも分からない。だから不安になるし、怖くなるのです。
「分からない」から、何が分からないのかさえ説明できない。 「不安」だから、何が不安なのかも言葉にできない。
この状態の子供に、大人がいきなり「第六の型」の完成形を見せて、「さあ、やってごらん」と言っているのと同じなのかもしれません。
僕たち親や大人が子供に何かを「教える」とき、まずやるべきこと。それは、あらゆる角度から物事を捉え直し、「全ての流れを子供と一緒にもう一度、順を追って体験してみる」ことなのだと思います。
それはまさに、『烈火の炎』の小金井薫が、焦る気持ちを一旦横に置き、地道な作業の末に「幻の六の型」を見つけ出したプロセスそのものではないでしょうか。
特に療育においては、この「手順を一つずつ丁寧に踏む」ことの重要性が非常に高くなります。しかし、この考え方は療育だけに限定されるものではなく、【教育】の本質ではないかと僕は思うのです。
『本質』だから、職場でも活かせる
この「手順を省略しない」という考え方は、大人の世界、例えば職場にもそのまま当てはまります。
新しい職場に出勤する初日や、新人さんを迎えて仕事を教える場面を思い出してみてください。
ベテランの先輩は、一連の業務を呼吸をするようにこなします。しかし、新人にとっては、飛び交う専門用語も、当たり前のように使われている社内ツールも、全てが未知の存在です。
「あとはOJTで適当に覚えといて」
「これ、見たら分かるでしょ?」
こんな風に言われた新人は、質問することさえためらい、小さな不安をどんどん心の中に溜め込んでしまいます。
教える側がまずやるべきは、自分が一度「新人」に戻ってみることです。なぜこの作業が必要なのか、この専門用語はどういう意味なのか正確に厳密に理解できているか、この業務が会社全体の中でどういう役割を果たしているのか、などなど…。
自分が当たり前だと思っている知識や手順を、一度バラバラに分解し、「第一の型」から丁寧に組み上げてみる。その面倒に思える作業こそが、新人の不安を取り除き、本当の意味での成長を促す一番の近道なのではないでしょうか?
まとめ:「答え」ではなく「プロセス」を共有する
僕たちは、子供や後輩に「早く“正解”にたどり着いてほしい」と思うあまり、つい答えそのものを与えたり、近道を教えたりしてしまいがちです。
あるいは、答えや攻略法だけを教えて「教えた気になっている」だけかもしれません。
しかし、本当に大切なのは、「答え」でも「攻略法」でもなく、
「答えにたどり着くまでのプロセスの共有」
なのかもしれません。
なぜなら、そのプロセスの中にこそ、学びの本質である「なるほど!」という発見や、「できた!」という達成感が詰まっているからです。そして、その一つ一つの小さな成功体験が、人の自己肯定感を育んでいくのです。
『教える』とは、自分の知識を単に分け与えることではありません。相手の視点に立ち、同じスタートラインに立ち、一緒に歩いて冒険に出るようなものです。
『教えられる側』は、「第一の型」から順に理解していくことができ、『教える側』は、「第一の型」から順に教えていく中で、それまで気づきもしなかった「第六の型」を見つけることに繋がるかもしれません。
あるいは、子供が、新人が、今まで分からなかったことを理解できた瞬間の、パッと輝く表情。それこそが、面倒なプロセスを先に歩んだ僕たち教える側にとって心から見てみたかった「幻の六の型」かもしれません。
今回の記事が、子育てに悩みを抱える保護者の方や、人に何かを教える人の悩みの『解決の糸口』の一助となれば、嬉しいです。




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